学芸員養成課程の重要用語

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    JUGEMテーマ:博物館

     博物館や学芸員にとって必須の重要語とは何で、いくつくらい存在するのだろう。

     研究の進展に伴い専門用語や概念語は増加の一方である。その結果、学校教育の現場でも生徒への負担が増加し、とくに生物や歴史はいわゆる暗記科目との偏見が助長される。そこで学会や学術団体では高校教育段階での重要語を絞り込むことを提案している。たとえば、日本学術会議では、「高等学校の生物教育における重要用語の選定について」という報告を2017年9月に提出している。用語の表記のあり方も議論し、英語も対照されている。

    http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-h170928-1.pdf  833KB

     歴史分野では、高大連携歴史教育研究会が「高校教科書および大学入試における歴史系用語精選の提案(第一次)」を提案。約2000語に精査したものという。

    http://www.kodairen.u-ryukyu.ac.jp/pdf/selection_plan_2017.pdf  1.6MB

     

     学習用語の見直しと選択は、教育内容を支える研究の発達に従い、何十年かに1度は必要な作業である。では、学芸員養成課程での用語選択はどうなのか。Google の検索では「"学芸員養成" "重要用語"」は7件のみ。「"博物館" "重要用語"」だと2200件だがノイズばかり。実際、学芸員養成での重要用語や概念の議論はほとんど聞かない。博物館は多様なので、業界内部でも分野ごとに使い方が違っていたりする。これは混乱のもとだ。たとえば展示と陳列、模造とレプリカ、ジオラマとミニチュア。古い時代の訳語は見直しが必要かも知れない。それから復元と想像復元。想像は格好悪いから想定復元? 復元では著作者や制作者名の表示は必要か、など用語と概念を精査すれば、実際の使用現場における突っ込んだ議論が必要になる言葉もある。展示会社と学芸員では呼び方がずれていることも感じる。展示パネルは展示資料を据え付ける板なのか、図や説明を記した解説板なのか。展示業者は前者で解説板はグラフィックと略す。学芸員は後者の意味で使う、あるいは場面によって同じ語を異なった意味で用いているのではないか。

     教科書としては国際標準のICOMの「Museum Basics」があるが、ここに現れる用語の日本語訳も学会などが公式訳語をリストにするなど標準化が必要のはずだ。すでにあるのだろうか。ウェブサイトでは、重要語を21取り上げて詳しく解説した Key Concepts of Museology が日本語を含む多言語で公開されている。これは2010年の ICOM 上海大会に合わせて出されたもの。自省的な前書き部分が興味深い。

    http://icom.museum/professional-standards/key-concepts-of-museology/

     

    このことは、水嶋英治. 2012. 研究は蓄積と国際的視点に立って―グローバリゼーションとグーグリゼーション―. 日本ミュージアム・マネージメント学会研究紀要, 16: 1–3. で知った。インターネットでのPDFはありがたい。「"博物館" "重要用語"」の検索で一番上に現れる。

     日本の博物館業界でも学会作成の事典がある。しかし、誰が何時どのような状況で使うのかといった使用場面の想定が不足していると感じる。少なくとも学部生を意識した内容ではないように思う。全国大学博物館学講座協議会(全博協)で議論して、現場や学会の意見も聞いて、用語統一と養成課程での絞り込み、していきたいです。

     ちょっと別の話だが、漢字文化圏での表記の統一や標準化もできるなら目指したい目標だろう。たしか、「2009 ICOM-ASPAC 日本会議」あたりで議論されていたと思うが探し出せない。2019年のICOM京都大会のテーマになるのだろうか。こういった思いつきはどのルートで上げれば取り上げてもらえるのだろう? ICOM事務局関係者を知っていれば、直接言えばいいのだろうが、重要メンバーに知り合いがいない人が提案する方法がわからない。ウェブなどで意見募集すればいいのに。だいたい京都大会のウェブサイトは英語版のみ。

    http://icom-kyoto-2019.org/index.html

     個々のページの工事中はしかたないとして、国内の博物館や学芸員に向けて日本語版を早く!

     


    学芸員養成課程の減少状況の比較

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      JUGEMテーマ:博物館

       もはや時期外れであるが、学芸員養成課程の減少状況を比較してみた。用いた資料は、下の文部科学省のウェブページである。

      「学芸員開講大学一覧」(平成21年4月1日現在)345大学

      「学芸員開講大学一覧」(平成24年4月1日現在)297大学

      学芸員養成課程開講大学一覧(平成25年4月1日現在)300大学

      このうち現在掲載されているのは平成25年版のみである。

      http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/gakugei/04060102.htm

      年度による比較はpdfにまとめたので参照ください。

      http://www.bioindustry.nodai.ac.jp/~muse/unisan/files/gakugei_hensen.pdf

       

       以下、2009(平成21)年と2013(平成25)年で比較する。ただし、2012年と2013年の間の新設は秋田公立美術大学と石巻専修大学の2校、廃止は神戸ファッション造形大学1校のみである。福岡教育大学は2012年のみ掲載がない。

       国立大学は63校から57校と6校減少。廃止した大学の分布は、宮城、秋田、栃木、新潟、滋賀、香川、長崎から各1校であり、地域的な偏りは見られない。強いて言えば、首都圏や京阪神など大都市圏では廃止がなかったということか。しかし、後述のように公立大学や私立大学と合わせて見ると異なる状況が現れる。ところで、文部科学省のウェブページでは2009(平成21)年の名簿に一橋大学の名前が無い。一方、一橋大学のウェブサイトによると、同大学大学院言語社会研究科では2002年から学芸員資格取得プログラムを開講したとあるので、名前が無いのは間違いだろうか。また、福岡教育大学が2012年のみ前がないのも誤りかも知れない。国立大学では教員養成系学部での廃止が目立つように思う。

       公立大学は21校から20校と1校減少、ほぼ横ばいである。が、新設3校は秋田、群馬、静岡(私立からの移管)とすべて東日本、廃止4校は大阪、岡山、高知、長崎とすべて西日本で、東西で状況は大きく異なる。とくに長崎県では、国公立大学では学芸員の資格が取れなくなってしまった。

       私立大学は236校から214校へと22校、約1割の減少である。出入りが多く、廃止大学は、北海道2、千葉2、東京4、神奈川1、山梨1、静岡2(1校は公立に移管して課程は継続)、愛知5、三重1、京都1、兵庫5、和歌山1、岡山1、広島2、山口1、香川1、愛媛1、福岡1、熊本1の33校であり、東西日本での比較では静岡以東12校に対し、愛知以西は21校と西日本で多い。新規開設校は、宮城1、埼玉2、千葉2、神奈川2、京都1、兵庫2、福岡1の11校であった。このうち神戸ファッション造形大学は2013年に、神戸夙川学院大学は2015年に廃校となっている。首都圏では廃止も新設も多く、大学の絶対数からすれば愛知と兵庫の減少が目立つ。東北や北関東での廃止がない一方、中国地方では4校で課程が消えた。

       短期大学は最も大きな変化を見せ、24校が8校にまで減少した。もともと短大での学芸員養成課程は学芸員補の任用資格であり、存在自体が危ぶまれていた。それにしてもここまで減少したのは、課程の廃止に加えて4大への改組など学校自体の改廃もあるのだろう。残った8校の分布は、北海道1、福島1、栃木1、京都2、大阪2、福岡1で、公立大学とは対照的に関西に多く残っている。

       文部科学省のウェブデータは大学ごとの設置状況であり、学部単位では、さらに状況は厳しい。北里大学では青森県にある獣医学部で2012(平成24)年度入学者から学芸員は取得できなくなった。北海道の酪農学園大学、神奈川県の麻布大学、そして大阪府立大学と獣医系の学部学科では3大学で養成課程がなくなり、獣医師でかつ学芸員の資格を取得できる大学が激減した。なお、酪農学園大学と大阪府立大学、岡山県立大学の課程廃止は、1年早い2011年度入学者からである。予見されていた地方の小規模校での廃止は中国地方に目立つ。加えて、成蹊大学や創価大学など東京の有名大学での廃止はショッキングである。

       学芸員養成課程の改廃の動きは進行中で、鹿児島大学農学部では2017(平成29)年度入学者から学芸員課程は廃止された。

      http://ace1.agri.kagoshima-u.ac.jp/topics_news/2017/02/post-119.html

       大阪教育大学でも養成課程は2020(平成32)年度までとなっている。同大学では博物関係論の開講は今年度(2017)までという

      https://osaka-kyoiku.ac.jp/_file/renkei/kenkyo/seika/h29_1j/22.pdf

       来年度以降は移行措置、今年度からの入学者は学芸員資格は取得できない。

      https://osaka-kyoiku.ac.jp/faculty/kyomu/kyouinnmennkyoshikaku.html

       文化財の活用を目指すのであれば、学芸員、とくに地方における学芸員は重要になると考えるが、養成課程の減少はいかがなものか。資格としての学芸員の技能と存在を強く訴えていきたい


      市町村の博物館条例

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        JUGEMテーマ:博物館

         授業の準備で市町村の博物館条例をつらつら見ていたら、自治体によってずいぶん異なることがわかった。自分の経験が常識となっているので、それとの距離が違和感となって現れるのだが。まず気になったのは、職員の項目。近くの博物館条例を見ると「館長及びその他の必要な職員を置く」なんてのがある。ここは登録博物館なのだが、職員の項に学芸員という文字がない。当初からこの文言だったのか、登録後に変更されたのかは調べていない。

         次ぎに減免規定。元勤務館の減免の主語は「教育委員会」で、さらに「その他館長が適当と認めた者」となっている。権限は現場にある。ところが入館料の減免が首長になっている館がそこそこあること。お金のことは首長部局という割り切りなのだろうが、使用料の減免は市長、前納を免除するのは教育委員会という例もあって整合性がないのではないかとも思ってしまう。窮屈なのは減免の主語が首長だけという条例。知り合いの研究者が来て、ちょっと見るからといってタダで入館させるのも市長にお伺いをたてることになる。実際にはそんなことはないのだろうが、それはそれで規律無視になってしまう。がちがちに厳しい規則は困るだけではないか。極力、現場に権限を持たせない、という思想が見えることもある。

         びっくりしたのは「博物館は、法令等の定めるところに従い、かつ、教育委員会の管理の下にその事業を遂行し博物館の目的の実現に努めなければならない」という条文。博物館は独立した機関と信じて疑わない身からすれば驚愕の一条だ。おなじ自治体に複数の博物館がある場合、それぞれの条例がぜんぜん違っていることもある。

         それから、登録博物館なのに条例に博物館協議会が示されていない館がいくつもあった。これはちょっと変だなと思って検索すると、いまは市町村では各種協議会などの設置を「附属機関条例」や「附属機関設置条例」というので一括して根拠を与える場合があることがわかった。この動きは2012–2013年あたりにあったようだ。ただ、検索では総説や解説にあたるウェブページが見つからない。総務省の説明があると助かります。条例と規則の役割分担も自治体によってばらばら。まあ、片方が詳しいともう一方がおおまか、という傾向はあるが。

         今回はじめて知ったのだが、市町村の条例を一括検索できるサイトがある。「条例Web」というのがそれで、おそらく例規集など請け負っている会社が運営していると思うのだが、わからない。博物館のボタンを押すと北海道から沖縄まで「1425件のデータがあります」。同志社大学の原田隆史先生も同様のサーチエンジンを作成しているが、それとは異なるようだ。

        条例Web:Top-page http://www.jourei.net

        条例Web:博物館等 http://www.jourei.net/main/regulations/87

        原田隆史 主催・共催プロジェクト http://www.slis.doshisha.ac.jp/~ushi/project.html

         これを使えば、そうとういろいろわかりますね。博物館経営論の強い味方です。


        ICOM総会は学芸員のオリンピックか

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          JUGEMテーマ:博物館

           ちょうど2年後の2019年9月、日本で初めての開催となるイコム大会が京都で開かれます。3年に一度の大会 general conference は、アジアでは日本より先に韓国のソウル(2004)と中国の上海(2010)で開催され、韓国ではそれを期に博物館が大きく変わったといい、中国では現在も国威発揚に大型館の建設が続いています。合理化と無理解によって冬の時代が長く続く日本でも、イコム京都大会を契機に博物館の地位向上を図ろうというのもうなづけます。ですので、文化庁や日本博物館協会、関連学界などは、かなりの人員と労力を捧げているのは当然のことでしょう。ごくろうさまです。ところが、主役となるはずの博物館や学芸員は、さほど興味があるように思えません。とりわけ、自然史や地方博物権の学芸員にとっては、なんやそれ、勝手にやってくれ、俺らには関係あらへんという雰囲気があるように思えます。

           

           イコムはすべての博物館施設をまとめる唯一の国際機関でありながら、現場の学芸員からすれば存在感もありがたみも感じない、出たいとも思わない、身近でもない、あってもなくてもよいような組織です。多くの学芸員は研究者を自負してるので、帰属意識も晴れの舞台も所属学会にあります。オリンピックに相当するのは国際学会です。ならばイコムは何か。館長や運営の立場にある人たちの交流の場でしょう。研究学芸員からすれば、優先順位は下がるのも当然です。では、運営も担う地方博物館の学芸員はどうか。トリクルダウンなぞ信じていないでしょう。京都で盛り上がったとしても、自分たちの状態なぞこれっぽちも変わらない、そもそも京都まで行く旅費も出ない、もし予算があるならば、それは研究や資料整理に使いたい、そんな感じではないでしょうか。国際交流に意味があり単純に楽しいという話もあるようですが、研究者はそれぞれの分野で実践しているのです。

           

           イコム京都大会が成功するには、現場の学芸員が開催意義に納得し、その後の博物館の処遇が良くなる道筋が見えることが必要です。それには、学芸員が積極的に策略を練り、中枢に向け発射することが必要と考えます。あと2年、せっかくの機会をうまく使っていきましょう。


          「2015ユネスコ博物館勧告を読み解く」参加報告

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            JUGEMテーマ:博物館のイベント

             9月18日に京都国立博物館で行われた「2015ユネスコ勧告を読み解く」ワークショップに行ってきました。メインの発表は、ユネスコ文化セクター・ミュージアムプログラム主任という博物館にとってきわめて重要な仕事をしている日本人によるもので、「勧告」が生み出される過程と文言に込められた思いやねらいを解説したものでした。 台風の影響が心配されたなか無事に開催されましたが、一部予定とは異なる内容でした。案内と違っていたのは、1)「1960年ユネスコ博物館勧告と日本国内の反応」は発表者が急用で欠席し進行役が代読、2)ワークショップ1活動1「博物館でやっていること、やりたいこと」はありませんでした。

             

             メインのユネスコ主任の発表は、2015年勧告の逐条解説に近いものでしたが、条文の決定までのやりとりが主語付きで紹介され、興味深いものでした。「世界における新しいミュージアム像」(ユネスコ主任)といえる2015年勧告をリードしたのはブラジルなど中南米諸国で、2011年の総会で新しい法的文書の制定を発議し、翌2012年にはブラジルで非公式会合を開催しています。中国も条文決定に積極的で、5条のコレクションでは当初パブリックコレクションだったものからパブリックを削除することをメキシコと共に提案して採択に至っています。これはプライベートな資料も保護対象にしていこうという趣旨です。ブラジルでは2015年勧告に関する国内フォーラムが開催されています。また、6条の遺産で無形の文化財を加えることは北欧諸国が主張したこと、18条の先住民族との関係はカナダの提案によるもの、などユネスコで博物館に積極的なのは非西欧ということがわかりました。なかでも中国は積極的で、2016年11月に深圳(しんせん)で開催されたユネスコハイレベルミュージアムフォーラムは、各国の国立博物館の館長クラスが参加し、公式目標として博物館を20万人に1館とすることが置かれているそうです。ほかにも、コンゴ民主共和国で国立博物館が建設されること、ガボンでの国立博物館の目録の作り直しや収蔵庫の環境改善、イランで国立博物館の目録作成やデジタル化が進められていること、クウェートで博物館セクターの改革が進められていること、カンボジアで文化財目録作成の標準化が行われていることが紹介されました。参加者からの質疑では、展示への言及が10条に限定されることが指摘されました。これは文字としてはここだけですが、展示に関わる内容は他の条文にも見られるという回答でした。

             

             事実確認が不足しており不正確な部分があるかも知れませんが、当日の話のメモでは、ユネスコのミュージアムプログラムは通常の予算はゼロ、スタッフは主任1人、通常の予算はゼロという状態。そこに中国が資金提供して、今回の日本への出張もそこから支出していることが紹介されて衝撃でした。また、ユネスコのなかでアーカイブはコミュニケーションの担当というのも意外に感じました。

             

             ワークショップは、制度と実践の2分野に別れ、6グループだったと思います。自分のテーブルは5人で、大学学芸員養成課程教員2人、文化庁関連独立行政法人1人、大阪府1人、大阪市博物館関連NGO1人でした。めずらしく自然史関係者が多く、自然史標本の位置付けなども話題になり、ちょうど居合わせたユネスコ主任も記憶してくれたようで、ワークショップのまとめでも取り上げてくれました。意見交換も面白く、それに増してとても興味深い立場や仕事をしている人と知り合えたのがとてもよかったです。華道や茶道のような「道」に関係するものは、国指定の文化財にはならないという話もここで初めて知りました。家元制度などがあり、国レベルの普遍性に欠けるということでしょうか。

             当日の発表資料が手元にありますので、興味ある方はご一報ください。

             

            以下は、日本ミュージアム・マネージメント学会事務局からの案内メールです。

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            【会員の皆様へお知らせ】
            先にお知らせした本学会共催の「2015ユネスコ博物館勧告を読み解く」
            (9月17日福岡開催、18日京都開催)ですが、
            募集定員に対し「福岡会場は残りわずか」「京都会場はまだ余裕があり」と
            いう報告がそれぞれの事務局からありましたので、お知らせします。
            会員の皆様の参加を期待します。
             *開催要項*
              http://www.kyusan-u.ac.jp/ksumuseum/_userdata/yunesukohp.pdf

            *********************************

            平成29年度文化庁「地域の核となる美術館・歴史博物館支援事業」
            2015年ユネスコ博物館勧告を読み解く
            −今後の我が国の博物館像を考える−

            1.趣旨
             2015年11月20日、ユネスコの第38回総会で “Recommendation on the Protection and Promotion of Museums and Collections, their Diversity and their Role in Society(ミュージアムとコレクションの保存活用、その多様性と社会における役割に関する勧告)” が採択されました。同勧告は、加盟国の政策立案担当者に向けたもので、現代における博物館の社会的役割等を示した国際的なスタンダードとなるものです。ユネスコの博物館に関する勧告としては、1960年12月に採択された“Recommendation concerning the Most Effective Means of Rendering Museums Accessible to Everyone(博物館をあらゆる人に開放する最も有効な方法に関する勧告)”以来55年ぶりで、2019年に初めて我が国で開催されるICOM京都大会でも議論されることになります。
             今回のワークショップでは、勧告策定の中心的役割を果たしたユネスコ文化セクター・ミュージアムプログラム主任の林菜央氏を招へいし、策定までの経緯について解説していただくとともに、参加する博物館関係者を交えて、勧告を踏まえた今後の我が国の博物館像を考えます。
            【林 菜央 プロフィール】
             上智大学、東京大学大学院、ソルボンヌ大学、パリ高等師範学校で古代ローマ史(帝政期属州における東方起源宗教の伝播)を、ロンドン大学アフリカ東方学院で持続的開発論を学ぶ。
             1998年より在フランス日本大使館の文化アタッシェとして勤務後、2002年以降ユネスコ文化局文化遺産部、世界遺産センター、カンボジア事務所を経て2007年よりミュージアム関連業務担当となり、2014年より主任となる。開発途上国での世界遺産及びミュージアム支援事業に多数関わる他、2015年にユネスコ総会で採択されたミュージアムに関する国際勧告の起草から最終的な採択までのプロセスを一貫して担当。
             現在は勧告の執行を奨励するため2016年に設立されたユネスコハイレベルミュージアムフォーラムのコミッショナーを務めるほか、加盟国に対する幅広い政策支援を行っている。

            2.日時
              〈福岡会場〉平成29年9月17日(日)13時〜17時(受付:12時半から)
              〈京都会場〉平成29年9月18日(月)13時〜17時(受付:12時半から)

            3.会場
              〈福岡会場〉九州産業大学グローバルプラザ(福岡市東区松香台2-3-1)
              〈京都会場〉京都国立博物館平成知新館講堂(京都市東山区茶屋町527)

            4.主催
              ICOM京都大会組織委員会、ICOM日本委員会、公益財団法人日本博物館協会、京都国立博物館、九州産業大学、
              ふくおか博物館人材育成事業実行委員会(九州産業大学美術館、九州大学総合研究博物館、福岡市博物館、福岡市美術館、海の中道海洋生態科学館、田川市石炭・歴史博物館、直方谷尾美術館)

            5.共催
              日本ミュージアム・マネージメント学会、全日本博物館学会、日本展示学会

            6.後援
              全国大学博物館学講座協議会

            7.参加対象、人数、申し込み
              博物館関係者、芸術文化・社会教育行政関係者、大学教員、学生
              (1960年、2015年のユネスコ博物館勧告を必ず読んで参加すること)
              福岡会場・京都会場ともに50名(いずも事前申し込み・先着順、締切は開催日3日前)
              申し込みは下記の連絡先へメールにて以下を記載の上、お申込みください。
             ○件名:ユネスコワークショップ(福岡または京都と希望会場を記入)
             ○内容:氏名(ふりがな)、所属、連絡先メールアドレス、共催学会会員の有無
                 1960年、2015年ユネスコ博物館勧告を読んで気になること、
                 林菜央さんに聞きたいこと

            8.参加費
              無料

            9.連絡先
            〈福岡会場〉ふくおか博物館人材育成事業実行委員会事務局 事務局長 緒方 泉
                   〒813-8503 福岡市東区松香台2-3-1 九州産業大学
                   電話 092-673-5160
                   Email nuseum03@ip.kyusan-u.ac.jp

            〈京都会場〉ICOM京都大会準備室 主任 渡邉 淳子
                   〒605-0931 京都府京都市東山区茶屋町527 京都国立博物館内
                   電話 075-561-2127
                      Email office@icomkyoto2019.kyoto

            10.プログラム
            【9/17 Sun. 福岡会場】
             12時30分 受付
             13時00分 開会、開催趣旨説明
             13時15分 自己紹介、グループワーク「ユネスコ勧告を読んで気になること」
             14時00分 「2015年ユネスコ博物館勧告策定までの経緯と今回の勧告の注目点」
                   林 菜央(ユネスコ文化セクター・ミュージアムプログラム主任)
             14時30分 休憩、コーヒーブレイク(参加者名刺交換)
             15時00分 演習1「林さんに何でも質問してみよう」
             15時40分 演習2「2015年ユネスコ博物館勧告を踏まえ、今後の博物館像を考える」
             16時30分 ふりかえり
             17時00分 閉会

            【9/18 Mon. 京都会場】
             12時30分 受付
             13時00分 開会、開催趣旨説明
             13時15分 「1960年ユネスコ博物館勧告と日本国内の反応」
                    井上 由佳(文教大学国際学部、日本ミュージアム・マネージメント学会員)
             13時45分 「2015年ユネスコ博物館勧告策定までの経緯と今回の勧告の注目点」
                    林 菜央(ユネスコ文化セクター・ミュージアムプログラム主任)
             14時40分 「ユネスコの条約・勧告・宣言等」
             14時50分 休憩
             15時00分 ワークショップ進行:林浩二・染川香澄(日本ミュージアム・マネージメント学会員)
                   活動1「博物館でやっていること、やりたいこと」
             16時00分 活動2「2015年ユネスコ博物館勧告をどう生かすか」
             16時30分 ふりかえり
             17時00分 閉会


            ノルウェー旅行情報2016

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              JUGEMテーマ:北欧旅行

               2016年11月後半、ノルウェーに行ってきましたので、その時の旅行情報をメモしておきます。行き先は、南部ベストフォル Vestfold 県のサンデフィヨルド Sandefjord とテンスベルク Tønsberg、それからオスロ Oslo です。ノルウェークローネは13円で計算しています。

               

              お金と両替

               両替はしませんでした。支払はすべてカードで済みました。現金引出機を見かけたのはオスロ中央駅のみです。カードが使えるか心配だったのは路線バスでしたが、長距離バスもサンデフィヨルドの路線バスもバスの中でカード支払が可能でした。国鉄の駅のトイレは有料で10–20kr(130–260円)ですが、これもカードが使えます。というか、カードのみ使用可というケースがほとんどです。地下鉄(郊外電車)や路面電車(トラム)は事前に切符を購入するシステムなので、車内での支払自体がありません。もちろん券売機でカードは使用可能です。ちなみにトイレ20krというのはオスロ中央駅で、馬鹿高いと思いつつ、青い光の独自空間を見て、とりあえずなっとく。オーロラのイメージなんでしょか。

               思うに、ノルウェーは独自通貨クローネ kr NOK を使用していて、現金は自国のみの流通。現金を持つ価値があまりないのかも知れないと想像しています。

               

              天気

               ノルウェーでの旅行期間は2016年11月17–23日でした。この間、ずっと雨でした。もっとも一日中降っているわけではなく、どんよりとした曇り空で、ときどき時雨(しぐれ)るという感じ。ただ、降り方はけっこう強いこともありました。青空を見たのは2回。日射し、つまり直射日光や影を見たことは一度もありません。聞くと、このノルウェー南部の天気は11月が最悪だそう。そもそも昼間の時間が身近く、太陽も高く昇らず低空飛行で、ずっと曇りの夕方のような感じ。クリスマスの飾り付けやイルミネーションに力を入れるのもよくわかります。

               

              食事と食べ物・飲み物

               ひとりで旅行していると、食事に困ることがあります。ちゃんとしたレストランに入る気もおきなくて、ファストフードや、日本であれば丼物や定食という定番があります。が、ノルウェーは食事がとりわけ貧弱で、暖かいものや汁物がないのです。ホテルの朝食はバイキングです。そもそも、火を使った、つまりその場で料理したものは、スクランブルエッグ、ベーコン、ジャガイモとソーセージ、これくらいです。そして、保温をしない。そのなかで暖かいものはコーヒーのみ、ということも普通にあります。

               物価が高く、サンドウィッチが作り置きの冷たいものが50–60(715–780円)、サブウェイのハーフサイズ=15cmも55–65kr(715–845円)くらいです。バーガーキングのチキンフィレセットが85kr(1105円)くらい、夕食も、午後7時半になると弁当が半額なんてのもない。他の国では、デパ地下やスーパーで暖かい総菜が売っていますが、それが無い。かろうじてオスロ中央駅でサラダの量り売りがあり、ローストビーフやチキン、温野菜も選べました。もちろん肉や温野菜も冷蔵です。たくさん盛ってまあ満足したら102kr(1326円)比較的手頃な値段と内容だったのが、カット野菜とトマトでした。レタスやサラダ菜が中心のカット野菜は、たっぷり2人分あって、たしか25–30kr(325–390円)くらい、トマトは小さくてミディトマト2–3個分の皮の固いピーマントマトが2kr(26円)程度と目方でいっても日本より安いくらいでした。

               たんぱく質は、薄切りハムの仲間のなかに、ローストビーフや煮豚のような肉そのものも100g入り25–28kr(325–364円)くらいで入手できました。朝食の薄切りソーセージが塩辛く、辟易していたので、ありがたいものです。お値段はkr。これにビールを買って部屋で食べてました。

               ビールは330ccが20–25kr(260–325円)ほどで日本よりは高額ですが、それほどでもない。いかに日本のビールの税金が高すぎるのか、よくわかります。飲物は、水は安かったです。1.5リットルのペットボトルが10kr(130円)ほどでした。正確には本体8.9kr、+Pant(容器代預かり金)2.5krです。ちなみに缶ビールの+Pantは一律1krのよう。コーヒーは高くなく日本のスタバとおなじか、やや高いくらいの印象です。オスロ空港の搭乗待合室の売店でカプチーノ27kr(351円)でした。

               

              古書店

               オスロでは古書店に2つ入りました。古本屋というよりアンティーク書店といった感じの店です。検索して見つけておいた Bjørn Ringstrøms Antikvariat は目的地にはありませんでした。店舗跡のみで、廃業なのか移転なのかはわかりません。

               実際に購入した書店は国立美術館のすぐ南の Norlis Antikvariat で、目当ての本の一部を購入、無かった本について訪ねるて教えてもらったのが Adamstuen Antik でした。両方ともオスロ中央駅からトラムで行けます。ノルウェー語での古書店共通サイトがあるようで、在庫を聞くとネットで調べていました。値段もそれを見て伝えてくれた場合があるので、雇われ店主の情報源なのかも知れません。価格の平準化にも役立っていそうです。

               

              ノルウェー語

               自分はまったくわかりません。が、経験したことは2つ。ひとつは、til Bergen と1つ前置詞を使っただけなのに空港の係員がノルウェー語でばんばん話してきたこと、それから、ありがとう takk を使うととてもいい笑顔を返してくれることです。英語が比較的通じるノルウェーでも、自国語を話してくれるとうれしいんでしょうね。takk の発音はタックと表記するのですが、自分にはむしろタッキ(子音のみ)と聞こえます。簡単なので、使っていきたいです。

               バスや電車のなかは誰もしゃべらずスマホに夢中、しんとした車内ですが、話す場所では饒舌なノルウェー人。抑揚が独特、文字通り息を飲む相づちなど、気取らないあたたかな言葉だと思えてきました。


              樺太(サハリン)旅行の情報

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                JUGEMテーマ:ロシア

                 2016年7月16–20日に札幌から樺太(サハリン)に行ってきました。気付いたことなどいろいろ。

                 

                パック旅行

                 目的は樺太南部への簡単な野外調査でしたが、ユジノサハリンスクから日帰り可能と聞いてフリープランのパック旅行(C1-2225)にしました。観光ビザだと宿泊地がホテルに固定されてしまいますが、旅行会社が発行してくれます。もし、野外泊やホテル以外での宿泊が必要になると専用のビザが必要になって事前の手続が面倒です。今回使ったのはJIC旅行センターでロシア方面を得意とする会社です。値段は、千歳からユジノサハリンスクまでの往復航空券75000円と空港税(新千歳)1030円、ホテル4泊(朝食付き)、ビザ実費4000円&発行手数料5400円、1人料金2万円、空港からの送迎をすべて含んで165,230円でした。引き算するとホテル代+送迎+企画料は79800円となります。ちなみにパック旅行の参加者は自分1人でした。

                 

                両替とカード

                 千歳空港のTravelexの円からルーブルへの交換レートは1ルーブル=2.8円。為替市場では1ルーブル1.6円だったからえらく悪いレートです。これがドルだと110円(7/15のレートが105円)。やはり日本国内での両替でレートが納得できるのはドルだけと再度思いました。以前、ノルウェークロナに換えたときも悪かった。わかっていながら国内で両替したのは、行きが土曜日でしかも到着が夜10時だったから。実際、ユジノの空港ではATMを見つけられませんでした。ホテルには24時間稼働のATMがあったのですが、電気が消えていて帰る日まで動いてなかったです。ただし、市内のスーパーマーケットやショッピングセンターにはATMがあり、レジでカードが使えるようです(自分は使っていない)。

                 

                ホテル

                 泊まったのはガガーリンホテル。部屋は広くてきれいで、ベッドも固くてよかったです。ドライヤーとバスローブ、冷蔵庫、電気ケトルあり。けれども、部屋のあちこちが、いちいち気が利かない。照明のスイッチが枕元にない、電気ケトルはあったがコンセントが近くに見当たらず、ベッドの横の床で湯を沸かす。エアコンは部屋で操作できる独立方式だが、音がえらくやかましい。バスルームの換気扇もうるさい、などなど。ただ、朝食はブッフェ方式で日替わりでおいしいかったです。コーヒーは薄くて物足りなかったけれど。ただひとつ問題があり、ネットでうわさどおりの大音量のカラオケが凄まじい。床も壁も振動して、ガラスがびびるほどでしたが、これは初日土曜日の深夜12時でぴたっと止んで、それ以降は静かでした。

                 

                物価

                 外食は日本並みの価格で、現地の所得を考えると非常に高い印象です。韓国料理のチゲ鍋とかクッパが480ルーブルくらい。デパート?のロシア料理のカフェテリアで5品とったら500ルーブルを越えてしまいました。ファストフードのコーヒー100ルーブル。カフェラテ120ルーブル、紅茶は50ルーブル。ドーナツ50ルーブルから。カフェラテはコーヒーが薄口。菓子や清涼飲料水もちゃんと覚えていませんが高いですね。ポテチが一番安くて普通サイズ70ルーブルくらい。一方、ビールは安くて500ccで60ルーブル。

                 

                バス

                 市内の路線バスは頻繁に走っていますが、時刻表も系統表示もありません。ですが、バス停に人があふれることもなく、平日の昼間であれば、ちょっと待てば乗れるようです。夜や休日は使っていないのでわかりません。「シチモール」から中心部まで20ルーブルでした。路線図は市内地図、稚内市のウェブページ掲載のとおなじ、に載っていました。「ユジノサハリンスク市内の路線バス(2014年7月28日)/稚内市」

                http://www.city.wakkanai.hokkaido.jp/sangyo/saharin/yousu/report_on_20140728.html 

                 交通と観光案内のウェブサイトは「Sakhalin Travel Information - サハリン観光旅行案内 - Ekinave」がよいと思います。 http://ekinavi-net.jp/sakhalin/index.html


                買い物

                 スーパーマーケットがあちこちにあるので、言葉抜きで買い物ができます。24時間営業の店もありました。入りませんでしたが、ドラッグストアも数多くあります。コンビニは見なませんでした。ユジノサハリンスク駅北側のガイドブックでいう自由市場やその周辺は、デパートからダーチャで摘んできたようなイチゴを売る人までいろいろで面白かったです。他方、大きい本屋が見当たりません。郊外の最大のショッピングセンター「チシモール」にも行きましたが、書店は絵本と学習参考書が大半で、おとな向けはベストセラー志向の読み物ばかり。田舎の本屋の典型といえばそうですが、人口18万人にしてはさびしすぎる印象です。

                 

                その他

                 ツバメは中知床岬の途中で何羽か見ました。アマツバメはユジノ市街にたくさんいて、アパートの軒から中に入って巣を作っています。ササは中知床岬の半島では見ませんでしたが、ユジノ東のスキー場(旭が丘)のわきにはまばらにありました。以上です。


                第5回農大ロビー展「近藤典生と自然動植物公園」

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                   第5回農大ロビー展「近藤典生と自然動植物公園」は、12月21日に借用資料を返却して完全に終了。それで返却時まで気付かなかったが、今年は近藤の生誕100年だったのだ。そのつもりがなかったので「近藤典生 1915–1997 はマダガスカルを日本に紹介し、南米からマナティーを持ち帰り、動物園に景観と柵無し展示を導入したパイオニアです」と書いておきながら、自覚がなかった。逆に進化生物学研究所があれだけ好意的に協力してくれたのは、それを意識してのことだった。無自覚のうちに記念事業をしたんだから、これは縁があったのだろう。
                  この展示は、学芸員養成課程の必修科目「博物館実習」の学内実習として毎年3年生が取り組んでいるもの。例年は学生からテーマを募集しているのだが、タイトルこそ違うものの毎年1回目とおなじ「農大生が見た網走」という内容になっていた。さすがに5回目もおなじだと飽きられるし、何よりやっている自分自身が面白くない。ということで、今年に限り自分の趣味でテーマを決め、資料の選択も、写真も文章も自分で作って学生に与えた。エピオルニスの全身骨格レプリカ標本が効いたのか、観覧者数(=期間中の入館者数)は昨年の5割増しだから、まあ成功だったのだろう。とはいっても実数は644人だけど。
                  学芸員養成課程の1−2年生は授業として見学に連れて行っている。驚いたのは2年生に近藤典生を知っていたという学生がいたこと。全員に聞いたのではなく、20人弱のうちに1人いたのです。さすがというべきか。自分自身は、農大に職を得るまでまったく知らず、その名を聞いたのは北見で学芸員をしている農大学芸員養成課程1期生から。曰く、名護のネオパークオキナワや伊豆シャボテン公園、長崎バイオパークなどは実習学生を受け入れてくれるはず。これらは近藤典生という先生が云々。実際、これらの施設は自分が知っていた公立の動物園とはひと味違う世界で感銘を受けた。それで今回の展示に至ったのだが、それがちょうど生誕100年とは話が出来すぎにも思える。
                  「遠くに行きたい」、これを実践して弟子を数多く育てた人物だったのだろう。その思いは自分も持ち続けている。


                  第5回農大ロビー展「近藤典生と自然動植物公園」
                  開催期間:12月5−13日(8日間)月曜休館、最終日は午後3時まで
                  会場:北海道立北方民族博物館 特別展示室
                  主催:東京農業大学学術情報課程(オホーツクキャンパス)・北海道立北方民族博物館
                  おもな展示資料:エピオルニス全身骨格レプリカ標本(日本唯一にして北海道初上陸)、
                  頭骨レプリカ標本(アメリカマナティ、カピバラ、ワオキツネザル)、バオバブの盆栽と種子
                  近藤愛用の旅行かばん、1961年アフリカ縦断調査のナンバープレート、自然動植物公園の造成工事アルバム
                  ポスター制作:工藤 茜

                  近藤典生 1915–1997 はマダガスカルを日本に紹介し、南米からマナティーを持ち帰り、動物園に景観と柵無し展示を導入したパイオニアです。1960–70年代には異境を歩いた探検研究者として知られ、百貨店での展示会を100回以上開催、テレビやラジオなどのメディアに登場し、少年少女向けの生物記事を多数執筆監修しました。知らず知らずのうちに近藤の文章に触れ、生き物の不思議や遠くの世界に夢を馳せた人も多かったと思われます。すっかりおなじみとなったキツネザルやカピバラは、近藤が飼育の先鞭を付けたものです。檻や柵を無くした自然動植物公園「バイオパーク」を実現する一方、生き物を資源として見る視線も持ち合わせており、しかも飼育には水やエネルギーの投入量を減らし、現状の地形を生かすなど、近藤の考える共生は現在の環境思想を先取りしたものでした。
                  今春、にわかにイルカ飼育の是非が問題となりました。近藤典生が導いた自然動植物公園は、そのひとつの回答になっていると考えています。

                  期間中の来館者は644名でした。これは昨年の1.5倍にあたります。
                  ウェブページ「近藤典生と自然動植物公園」
                  http://www.bioindustry.nodai.ac.jp/~muse/kondo/kondo_and_biopark.html
                  解説書
                  http://www.bioindustry.nodai.ac.jp/~muse/kondo/nodai_kondo2015_note.pdf pdf1.2MB

                  美しい村を競わせるな

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                     何年か前、ヘイケボタルの放流の噂を聞いて、やめさせようとしたことがある。同志数名で中心人物に直談判し、聞き入れられなかったのだが飼育と放流行事を予定していた学校が取りやめたため、その年の放流は見送られた。しかし結局、ホタルは翌年に学校から放流された。そこはかつてヘイケボタルが見られた場所。現在は確認されていないというが、自然に復活する可能性がある場所だった。

                     まず児童に飼育放流させる予定の小学校に話をした。こちらが問題にしたのは2つ。ひとつは他所の個体群が入り込むことの遺伝子汚染。もうひとつは誤った認識のまま子どもに飼育放流させるのは教育上問題で、当事者となった子どもたちが将来後悔するであろうこと。当の校長は、ホタルの放流が遺伝子汚染を引き起こすことも移入種だということも認識がなく、いいことをしているとばかり思っていた。なにしろ放流するのがゲンジボタルかヘイケボタルかさえも知らなかった。子どもと教員の理科離れが話題となっていた頃なので、学校教員の見識に愕然としたものだ。当時のメールに「理科教育の現実を見てしまったようでとても将来が不安です。とにかく当事者になりたくないようで、訪問はいやがられました」などと書いている。そして「地域全体で盛り上がっているようで、もう後戻りできない」ような口ぶりだった。しかしながら、こちらの懸念は理解してくれ、放流は取りやめるという決断をなされた。後戻りしてくれたのだ。

                     ついで、放流を予定している団体の責任者に連絡をしたら、会って話を聞いてくれるという。これは驚きだった。放す放さないで交渉相手となった人物は、とても立派な方だった。背筋は伸びて背も高く、おそらく仕事でも実績があるのだろう、日に焼けた堂々とした紳士だった。おそらく70代だろうか、経験に裏付けられた自信に満ちていて自分なんかとても敵わない。その人が言う、世間ではおなじヘイケボタルとなっているんだからいいだろう。この人は個体群や遺伝子汚染のこともわかっている。知った上での確信犯なのだ。そして語った次の言葉が忘れられない。人間は他の生き物を移動させたり生かしたりする権利がある、と。農家ならではの実感なのだろう。適した植物や優れた動物を他所から持ってきて改良していく。農業こそ外来生物で成り立っているのだ。外来種の否定は究極には農業の否定につながることを見抜いていた。

                     疑問に思ったのは、なぜホタルの放流を思いつくに至ったかということだ。放流の主体は、資源保全協議会といって地域の美化運動を行っている団体。合併前の旧農協を単位に組織された地域団体だという。それを農林水産省は手放さない。「わが村は美しく」と題して景観を題材に競わせている。一線を退きはしたが、まだまだ元気な高齢者の勤労意欲を上手に使っているのだ。しかし、中身については自主性に任しているといって責任はとらない。ガイドラインもない。そうすればエスカレートするのが世の常で、あっちはトンボ、こっちはホタル、向こうの道には千本桜と定型化されたふるさと景観が次々に誕生していくことだろう。

                     北海道の農村景観は補助金事業でキャラ付けされたものだ。農地の形状や建物はそれでもよい。その傍らの生きてきた野生生物を未来永劫巻き添えにするのだけはやめてほしい。


                    網走の近代捕鯨100年史

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                       2015年10月15日、「網走の近代捕鯨100年史–捕鯨の町で科学する–」と題して網走市民大学で話をした。結果は散々、つまらない話をしてしまい、とても反省している。捕鯨の歴史は参加者から長く要望されていた内容と聞いていたので、気合いを入れて準備をして挑んだ。が、この「挑む」という構えがまず間違いだった。網走の捕鯨史については、すでに郷土史家が聞き書きを単行本で刊行してるほか、いくつかの書籍で取り上げられており、地元新聞のコラムでもたびたび登場してきた。高齢者はそれらを何度も目にしてきている。

                       それに、ちょうど1か月語の11月15日には捕鯨サミットが開催され、聞き書きの著者も登壇する。その著者にではなく、自分が指名されたのだから、別の切り口が求められているのではないか。ありきたりの話をしたら「そんなことは知っている。すでに本に書いてある。もっと別のことを聞きたかった」と言われるのではないか。そんな思いから、だれも知らない資料や写真を集め、ウェブページを見まくって、知り合いからもデータを提供してもらい、どうだこんなの初めて見ただろうというスライドをセットした。でも、これが大きな勘違いだった。求められていたのは、オーソドックスな歴史の話だったのだ。IWCの鯨の定義や国際裁判所の指摘事項、主要国の脱捕鯨への転換点など触れなくてもよかった。高齢者はすでに知っている話を聞きたがる。待ってました、ここで一番決めぜりふ、てな話がよかったのだ。こんなことは十分承知のはずだったのに。

                       タイトルからすれば話の内容は歴史が中心に見える。しかし、実際の話は「捕鯨を巡る状勢変化と現状を知り、網走の捕鯨産業の将来展望を描いてみる」といった内容で、歴史の話は比重としては軽かった。看板に偽りがあったのは確かだった。自分の話は、導入にシーシェパード主演のディスカバリーチャンネル「鯨戦争」を持ってきて、こんな過激な集団が賑わしているが、我々捕鯨の地元住民が知るべきことはあれとこれでとあっちこっちに話が飛んで、昔の写真が出たと思ったら鮎川や紀伊大島でがっかりして、最後の網走が捕鯨基地として再出発するにはなんてまったくの独り善がり、参加者はそんなことには興味がなかった。

                       今回話すべきだったのは網走に限った近代捕鯨の歩み。その構成は、タンネシラリに捕鯨会社がやってきた、世界一の東洋捕鯨、5年で終わった大正の捕鯨、市街地に移転し昭和の再操業、捕獲鯨種と捕獲数の変遷、小型捕鯨業の始まり、写真と映像に見るミンククジラ漁、商業捕鯨モラトリアムの影響、ツチクジラ漁で再出発、復活した網走船籍の捕鯨船といったところ。写真は絵はがきなどよく知られたもので十分で、その説明を聞きながらスクリーンでじっくり見ることが必要だったのだ。事業場とその跡地はグーグルアースと事業場の設計図を重ねるのではなく、跡地の現状はこれですよと道路端から見た風景、そして博物館に残る捕鯨資料といったところだろう。そんなの行けば見られるじゃないか、と思ってしまうが、車がなく歩くのにも不自由する年代になれば、そうそう行けるものではない。常設展示室に何十年も置かれた資料だって、見たことがなければ初めて見るめずらしいものになるのだから。

                       それから配付資料の説明が不十分だったのも悪かった。だいたい資料の案内をしたのが話の後半になってからで、重要点を示すことさえしなかった。だって読めば分かるだろうそんなもの。そういう風に作ってある。スライドに投影された文字を読み上げることも少なかった。読まなくても見たらわかるでしょう。75分の話に100枚を越えるスライドを詰め込んだのだから、時間は有効に使わなくてはならない。そんな風に思っていたのだろう。

                       あまりに思いやりに欠けた講演だった。もっとじっくりとスライドを見つめ、興味や関心がわき出すまで待つ時間が必要だった。ゆっくりゆったり思い出と過ごせるように。