仕事の年報2017年度版

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    JUGEMテーマ:博物館

     

    北海道命名150年。2018年は全国的には明治150年、北海道では命名150年としてさまざまなイベントが企画されている。50年前、1968(昭和43)年の明治百年、北海道は「開道百年」を祝った。北海道大博覧会が開催され、9月2日の記念式典には天皇皇后両陛下が臨席した。高度経済成長のまっただ中にあり、1970年の大阪万国博覧会を控え、石油ショックはまだ影を見せず、インフレに仰ぎながらもそれを上回る賃金の上昇が確約され、1972年の札幌オリンピックの招致も決まった熱い時代だった。そして北海道博物館、当時の名でいえば北海道開拓記念館の建設も開道百年の記念事業として決定された。


    開基百年。この言葉、若い人にはなじみがないだろう。役所が置かれて100年となる年を北海道の市町村ではこう呼んだ。内地と異なり、北海道では地域の起源となる年が定まるのである。もちろん近世、江戸時代とは幕藩体制国家の範囲に用いる言葉であり、その外側にあった蝦夷地は外国であるため北海道の歴史では近世を好んで使う、にも内地からの出稼ぎ者や一部には定住者もあった。けれどもそれは非公式な住民ということだろう。北海道と命名されて、役所が置かれて、正式に日本の歴史に登場する、そんな感覚だろうか。市町村でも開基百年の記念事業として博物館建設がブームになっていく。それにしても、開道も開基も開拓も、その言葉は


    誰の歴史かという視点が問われる。役所に歴史の原点を求める姿勢、これは紛れもなく入殖者の歴史観、成功した植民地を公言する表現である。昭和の自治体史には「アイヌが住んでいるだけで」といった露骨な差別表現が散見される。しかしそれは時に棄民状態に放置された開拓時代を堪えしのぎ、戦争の時代をくぐり抜け、ようやく安堵できる生活を手にした経験からすれば、悪気のない表現だったのかも知れない。それでも彼らとは別に我が歴史は展開したという見方は覚えておきたい。いろいろな経験と反省、先住民の権利の回復の世界的な流れを受け、今回の記念事業では北海道の命名者でありアイヌの人たちの理解者であった松浦武四郎を取り上げている。必要なのは開拓の歴史を抹消することでは無く、事実を見つめ、自分たちとは異なる視点で評価を加えることだ。


    ガラスネガに写し込まれたのは1888(明治21)年の網走である。普段の生活では意識されないが、この町でも当然アイヌの人たちが暮らしていた。農地は測量すら未遂でオホーツクでは屯田兵もまだいない。農業以前の網走の姿である。できたばかりの市街地では、すでに旅館が営業を始めていた。市街地の整備に先立ちアイヌコタンを強制的に移したのは1886年のことという。コタンの姿はチセを含めて本来の姿ではないのだろう。そして彼らは慣れない農業や漁業に従事することになる。それにしても帽子岩を臨む網走川の河畔風景は美しい。現在の生活の質を確保しながら失った美を取り戻すこと、これが150年目の課題となっていくだろう。

     


    仕事の年報2016年度版

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      2.1%。これが当課程の新卒者が、契約職員以上の身分でミュージアムに就職した実績である。実数では241名中の5名である。2014年卒業者から就職者が出ていないので、このところ就職率は下降の一方であるが、それでも実態調査に基づく全国平均0.6%の3倍以上の数字である。2013年3月の時点では、132人の修得者に対し、同等の待遇で博物館等に職を得ていたのは5人、博物館への就職率は3.8%となり、これが最大瞬間風速であった。転職や臨時職員、水族館などに一時的にでも在職していた卒業生は現時点で13人、昨年までの単位修得者206名で割ると含める6.3%、16人に1人となる。このあたりが現実的な数字に思える。新卒でなくとも、何らかの形で博物館や動物園、水族館で仕事ができるチャンスは、案外高いのかも知れない。


      就職者が何人いるのか。大学の学芸員養成課程はいつも問い続けられている。学芸員養成は学究の場でなく、資格課程であるので、就職人数が評価の第一基準である。言ってしまえば、学芸員を輩出しない課程では存在意義がないのである。学芸員は、社会教育機関としての博物館で働く専門職員である。そのための知識や技能、経験を生かしたノウハウは養成課程で学ぶが、いわゆる専門というのは学部学科での教育で修得するのである。一部の私立大学では、日本美術史や考古学関係の単位取得を学芸員資格の要件とし、卒業生は文化財保護法で義務付けられた緊急発掘の現場を渡り歩き、地方の博物館に就職するというコースがあった。考古学が専門で発掘調査の出土資料を展示する博物館の学芸員。ひとつの類型としてそれがあった。


      自然史系の学芸員が現れるのは、北海道の地方では1970年代末のこと。団塊世代の彼らはすでに退職したが、自然史学芸員のイメージは特定少数の彼らが作り上げたものだ。現在の若手学芸員はそのイメージを持って就職し、そして新たな形を展開しつつある。自然再生、関連団体のコーディネイト、美術制作など、個性を生かし、第一世代には見られなかった新しい学芸員の姿が見えてきた。もちろん美術館にも学芸員がいる。資料の採集や製作ではなく、市場価値を有する人類の到達点を、世界の隅々から交渉を重ねて実現する特別展を最大の仕事とする。彼らの姿は、考古学とも自然史系とも異なる学芸員のイメージを体現している。


      動物園水族館の学芸員像は、いまだ明らかではない。解説や教育事業の担当者としての姿はあっても、外に名前が聞こえる学芸員は現れない。仕事の主役は飼育員であり、至高の専門家に獣医師がいて、方向性は園長が決める。その狭間にあって、学芸員は、いまだ迷いの中にいる。動物の飼育を目的とする機関の学芸員とは何者か。その問いに答えるのが、これからの仕事である。何かが見えてきたならば、そっと教えて欲しい。後に続くものがいるのだから。

       


      仕事の年報2015年度版

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        農大ロビー展が第5回となった。幸いなことに展示期間中の入館者数は1回目の270人から右肩上がりで、296人、324人、406人と来て、今年は644人と昨年の5割増しの過去最高となった。観覧者の実数はカウントしておらず、無料の展示であることから入館者数をもって観覧者数としている。同時期に開催している他のロビー展示、講座や講演会といった普及事業の参加人数も含めた数字であるので、農大ロビー展への観覧者が増加したとは限らず、むしろ他の要因の方が大きいのかも知れない。しかしながら、今年に限っては、進化生物学研究所から借用したエピオルニス全身骨格レプリカ標本を見に来た人が多かったのではないかと思っている。目玉資料の威力である。


        特別展は学芸員の特権と当方は授業で説明している。試しにネット検索したところ、最上位の結果は自分のテキストだったので、この表現はあまり一般的でないのかも知れない。あるいは「特権」という言葉をはばかる向きがあるのかと思う。けれども自らの疑問や成果を文章だけでなく、写真や映像、実物資料でかたちにし、公共の空間を使って実現する「知的情熱の物体的表現」は、とてもやりがいのある仕事である。さらに展示の仕事は最終的な表現だけでなく、そこに至る過程と反響こそが面白い。素材の探索と調達、新たな人とのつながり、思わぬ評価や自然と集まってくる資料など、学生たちには展示の醍醐味に少しでも触れて欲しいと願う。


        空間の博物館化は駅や百貨店をはじめ多方面で進んでいる。シンプルに展示ケースを置くことから実際に美術館や博物館を設けることまで、空間を改変して展示の意図を与える動きである。それは空間に意味を与える営みともいえる。合理的効率的ではあっても無味乾燥な空間から、心地よく存在できる場所への転換である。意味を与えられた場所には人があつまり話題が生まれ、物も集まる。それは1枚の絵でも写真でもかまわない。そこに屋根を掛ければ館となる。ふれあい、にぎわい、など行政主導のキーワードもおなじところを目指している。


        名付けも意味を与える行為である。学生が手掛けるロビー展も内容に関わらず、必ず「農大」の2文字を入れてきた。会場が大学ではなく本物の博物館で行うこと、「農大ロビー展」が略称として座りがいいこと、宣伝効果を考えてのことだが、学生にとっては自分たちを知って欲しいと思う気持ちがある。そして何よりも大学の名称に愛着を持っている。違和感なく受け入れ、口に出して言える名前。単なる記号や呼称を超えた名前のもとで4年間が過ごせれば、その学生生活は幸せだったといえるだろう。

         


        仕事の年報2014年度版

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          消えていいのか、日本の動物園・水族館。これは日本動物園水族館協会が2013年に行ったシンポジウム「いのちの博物館の実現に向けて」のサブタイトルである。以後、このシンポジウムは2015年2月まで計6回が開催されてきた。これまで当然としていた遠い地域のめずらしい動物を展示することが、今後はできなくなるかも知れない。このままでは動物園も水族館も絶滅するという強い問題意識が現れている。遠からずゾウやキリンがいなくなるのだという。水族館ではラッコが危機的状況にある。1982年に国内で初めて飼育されてから30年余り、1990年代には120頭以上が飼育されていたが、2014年には約30頭となった。何より危機的なのは繁殖年齢メスが一桁という数字である。ラッコが分布するアメリカやロシアからの輸入は止まったままで、いずれ国内からラッコは姿を消すことになるという。


          野生動物の保護を求める声の高まりとともに、野生生物の輸出入を規制する国際条約が締結され、稀少な生き物を国外に持ち出すことを禁じた法整備も各国で進んでいる。法律上の問題はなくとも、市民運動や住民の力の行使により、野生動物が持ち出せない状況さえ生まれている。生物多様性の保全、地域の自然の保護からすれば喜ばしいことに違いない。財力にものを言わせて珍獣を見世物にする時代は、先進国では完全に終わったのである。ただし新興国ではいまだに需用が増えており、人気のある大型獣は市場価格が高騰、国内の公立動物園では手が出ない価格になっている。


          危機は海外からの動物の入手だけでなく、飼育自体に及んでいる。動物園は、本来群れで生きる動物を少数で飼うことの是非について答えを出さなければならない。娯楽や教育、研究を経て究極的には生息地と個体群を守る技術と政策を生み出す必要悪と答えるのか、生息地まで出掛けていって野生個体を見て楽しむのは一部の富裕層であり、大衆の楽しみには動物園が必要だと答えるのか。それとも飼育適合種を絞り込む方向に向かうのか。すでに地元のちいさな生き物へと、展示をシフトする動きもある。釣りや遊びで親しんだ地域の生き物を見直し、世代間の知識や文化の受け継ぎも含んだ試みである。身近な生物でも実は絶滅の恐れにあることも多く、生息地以外での保存の役割も持ち、奨励される飼育と考えられる。


          倫理的な条件が重視されるのは動物園に限らない。研究機関で使う実験動物も、適切な飼育環境と苦痛の軽減が法令上の条件となっている。動物の福祉はエキセントリックな過激思想ではなく、もはや国際基準である。数十年後の動物園や水族館の将来の姿は、現在とは異なる様子になっているはずである。その形は、これから活躍する若者が決めていく。子どもの頃の思い出を胸に就職を思い描くのではなく、新しい人と動物の関係を作る仕事が待っている。

           


          仕事の年報2013年度版

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            キュレーターは学芸員に対応する英語である。より正確には、コレクションの部門長といったところであるが、使われ方は博物館によって異なり、一つの研究分野に多数の人が名乗る場合もある。仕事の範囲もさまざまで、ちいさな館では研究も資料管理も担うが、大規模館では資料管理の責任者としてコレクションマネジャーを置く分業体制となっている。英語圏の博物館では、研究志向の何でも屋のキュレーターから各種専門職が確立していった。それでもキュレーターは博物館の研究部門では最高位の職である。しかし、


            インターネットの世界ではキュレーターの語は異なった意味で用いられている。いわゆる「まとめサイト」をつくる作業を「キュレーション」、まとめる人たちを「キュレーター」と呼ぶのだという。現実の世界でキュレーターを学芸員と理解する前に、バーチャルの世界では別の用法が確立し、それがリアルの世界にまで入り込もうとしている。すでにデジタルな理解でキュレーションを語る書籍が出版され、キュレーターは博物館と離れた意味で普及していくのかも知れない。似た例に


            アーカイブがある。現実の世界ではアーカイブはいつまでたっても認知が進まず、アーキビストに到っては対応する日本語すら存在しない。一方、コンピュータの用語では、使わなくなったデータを圧縮して保存するという意味で、一般的に使われるようになって久しい。バーチャルが先でリアルが後でもよい。古いデータを保存する習慣、過去の記録を調べる体験がこれによって共有されていく。いずれ、リアルの世界でもアーカイブの価値が理解されていくと期待したい。文書や記録は捨てるのでも燃やすのでもなく、しっかり保存整理するべき財産だと。これはインターネットの


            ウェブサイトにも言えることだ。博物館のウェブページは新しい情報を告知するだけではない。情報の蓄積場所としての役割もある。博物館の調査や収集活動、展示やコレクションに関する記録は毎年毎月増加を続ける。古い情報はウェブサイトから削除するのではなく、リンクを残して積み上げる。それは一種のアーカイブとして機能する。最新機器を駆使した高精度画像や巨大システムは必要ない。地道な足取りをたどる日誌や報告書のような資料集にこそ意味がある。それが博物館の歴史である。

             


            仕事の年報2012年度版

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              網走は博物館に恵まれた場所である。市内のまとまった地域に登録博物館が4館、網走市立郷土博物館・網走市立美術館・北海道立北方民族博物館・博物館網走監獄が存在する。これらは北海道では長い歴史を持つ本格的な私立博物館と公立美術館、博物館の名称を持つ唯一の道立施設、道内では最多の入場者を誇る野外博物館など重要な博物館ばかりである。いずれもキャンパスからバスで10分程度の場所にあり、すいた道路をバスで行けば1コマの授業90分間の間で駆け足ながら見学が可能である。オホーツクキャンパスは学内に博物館を持たないが、立地環境は学芸員養成において恵まれた条件にあると評価できる。


              周辺にも調査や展示の支援者にあふれる美幌博物館、普及活動と出版物が充実した知床博物館物館、数少ない本格的な丸瀬布昆虫生態館、世界的に活躍するデザイナー造形作家の作品を収めたシゲチャンランドなどが存在し、多様で個性豊かな博物館に囲まれている。2012年7月に改装開館した「おんねゆ温泉・山の水族館」は2か月で10万人の入館者を集め、注目度一番である。往復200kmを越えるが、十勝の足寄動物化石博物館やタンチョウを飼育する釧路市動物園は、その分野では世界にその名が届いている。土曜日に行った学生時代の見学だけでは、本当の価値は十分見つけられないかも知れない。


              水族館もかつて網走に存在した。2002年に閉館したオホーツク水族館である。返す返すもこのことだけは残念でならない。8月の理事会で決定、9月に閉館というあっという間のできごとだった。その後、2006年になって本学部にアクアバイオ学科と学術情報課程が設立された。この間4年。これをなんとか持ちこたえていれば、道が開けたかも知れないと思うとほんとうに悔やまれる。


              廃止削減は現在の博物館界を揺るがす流行事象となっている。このことは特定の地方公共団体に目立ち、「自治体リスク」とでもいうべき状況である。一度なくした博物館を再開することはきわめて困難であり、廃止は子ども世代への影響を鑑み慎重に判断すべきである。博物館の評価とは教育上の効果を最重視すべきであり、そのひとつとして大学での利用、学芸員養成における価値を訴えていくことも必要だろう。それには学芸員や養成課程への理解が前提となり、本課程の存在意義のひとつもそこにある。

               


              仕事の年報2011年度版

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                来年度から博物館施行規則が変わり、学芸員の資格取得に必要な「博物館に関する科目」が現行の8科目12単位から9科目19単位に増加する。博物館展示論と博物館資料保存論が2単位、の科目として新設され、現行の教育学概論が博物館教育論と改名、生涯学習概論と博物館経営論は名前はそのままでそれぞれ2単位となる。今回の改訂に際しては、大学院教育や上級学芸員資格の新設、国際的な養成水準の確保、現代的要求への対応など多くの課題が検討されたが、実施可能な選択が学部での講義の増加であった。この改訂について、私立大学の関係者ではまったく別の視点で語られてきた。新規科目は専任教員で講義できるのか、外部講師の人材はいるか、その確保は大丈夫か、できない場合は学芸員養成課程そのものが維持不能になるのではないかという不安である。


                養成課程の廃止は現実のものとなった。すでに北海道の酪農学園大学や大阪府立大学、岡山県立大学では平成23年度の入学者から、青森県にある北里大学獣医学部、宮城教育大学、麻生大学、山梨英和大学、広島修道大学、県立長崎シーボルト大学、阿蘇山麓の東海大学農学部は新課程となる来年度24年の入学者から学芸員養成課程を廃止する。予想されていたとおり地方の小規模な大学が名を連ねているが、課程の廃止は公立大学、農学系や獣医学系を含む中核的な大学までに及んでいる。理由については、担当教員の確保が困難というよりも、就職がなく費用対効果が低い、そして学生からのニーズがないのだという。


                逆に国立大学のなかには、岐阜大学教育学部と応用生物科学部、三重大学生物資源学部のように、来年度から新規に学芸員課程を設置する学部がある。どちらも農学系の学部である。私立大学や公立大学とは時代への適応方法が異なるのか、それとも学生の志向の差なのか。私立大学と国立大学では動きが違う。国立の大学博物館は、大学博物館等協議会を組織、博物科学会を設けて資料の研究を進めている。一方、私立大学は学芸員養成課程で構成する全国大学博物館学講座協議会(全博協)に集まる。ここでの近年の関心事はもっぱら文部科学省の動向であった。両者に接点は少なく壁は高い。


                教育の内容はさらに個別的である。文部科学省は授業項目を明記してはいるが、実際には教員の自由裁量が大きい。課程の授業について、現実の博物館は希望や要望をもっと届けるべきではないか。学会は養成内容にもっと目を向けてほしい。現場との対話、研究の後ろ盾によって、大学は学芸員養成課程を実りある内容に育てることができるのだから。

                 


                仕事の年報2010年度版

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                  2名が新たに博物館の世界で活躍する。今年度の卒業生1名が水族館で、既卒者1名が地方博物館で働くことになった。新規採用となった学生は、釣りガイドの経験を持ち、いろいろな形で生きものとふれあう楽しみを手助けしてきた。多面的な楽しみを提供する水族館のこころみに最適な人物だったのだろう。もうひとりはすでに2008年から臨時職員として勤めだし、本課程で資格取得後、学芸員として正職員に採用された。オホーツクキャンパスの学術情報課程にとって、たいへんによろこばしいできごとであった。


                  多様な職員が現在の博物館では求められている。かつての博物館の職員は、近代博物館の誕生からの伝統である研究学芸員と事務職員という組み合わせであった。現在の欧米では、博物館で働く専門職員の種類は数十以上があり、その価値が広く認められている。一方、日本の場合、国家資格は学芸員だけで、職制としての研究員が加わる程度である。資料の保管や展示、教育や広報の担当者はそれらしい名称や目新しいカタカナ職名を名乗っているが、根拠希薄な泡沫稼業、いわゆる高学歴ワーキングプアと呼ばれる仲間である。


                  社会的にはこれらの職種は認知されつつある。日本を代表する大型館や博物館に関係の深い大学が独自資格を発給することも始まっている。これらが市民権を得るかどうかは、国家ではなく社会が認めることがらである。これからは、国家や省庁の資格制度に依存するのではなく、時代に応じた配役を博物館や関係者が育てていくことになるだろう。だが、新たな舞台ができるまで、まだまだ時間を必要とする。現在の若者は、時代と時代の狭間に巣立っていくのである。では、どうすればよいのか。


                  自主独立の気概を持つ。学位や資格を掲げ、技術や能力を誇っていても、そこには踊る舞台がない。高級店で値札を付けて並べていても買い手は来ない。みずから図面を引き、舞台を建てるか、行商に歩いていくより道はない。水も漏らさぬ緻密さながら、じつは世の中すき間だらけである。世界を知り経験を積めば自然とそれが見えてくる。この国は一枚岩では決してない。上を向くもの横のくぼみ、動く場所や手掛かりはどこかにある。一様な閉塞感は空気が装う見せかけである。だからこそ、みずから道を切り開いていってほしい。そして必要とあればキャンパスはいつでも君を歓迎する。大学とは卒業生との関係を一生続けていく存在なのだから。

                   


                  仕事の年報2009年度版

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                    42名(生産11・アクア25・食品2・産経4)の学生が学芸員の単位を取得して卒業する。今年の卒業生つまり2006年入学生の当初履修者は64名であるから、65.6%、おおよそ3分の2の学生が学芸員の発令要件を得た。加えて2名の科目等履修生(修士課程1・社会人1)が単位修得者となり、オホーツクキャンパスでは合計44名が学芸員資格を得たことになる。


                    法的には、学芸員は都道府県の教育委員会の登録原簿に登載された登録博物館に勤務し、その発令を受けた者だけを指す。学芸員の資格は教員とは異なり免許ではない。よって博物館を辞めれば学芸員ではなくなる。フリーの学芸員は法的にはあり得ず、有資格者だけに許可される制限行為も存在しない。ついでに言えば、名称の独占的使用の制度がなく、無資格者や要件を満たさない施設で学芸員を名乗っていても罰則規定はない。ここが医師や弁護士、教員とは大きく異なる点である。


                    学芸員の名刺を持っていても、登録博物館以外の施設の職員は法的な意味では学芸員ではない。博物館法が管轄する博物館は登録博物館と、それに準じた内容を持つとやはり県教委が認めた博物館相当施設だけである。それ以外は国立も県立も市立も個人博物館も法的には同じ扱い、博物館類似施設である。博物館の名称もやはり使用制限はなく、誰がどんな施設や機関に使ってもよい。博物館の名称だけでは中身がわからないのは当然である。学芸員も博物館もその本質は法律や制度からは見いだせない。


                    博物館資料は一部に文化財保護法が適用され、法が保存を義務づけた資料もある。しかし、大多数の資料に法的な担保はなにもない。学術的に重要なタイプ標本もしかりである。これらのコレクションを守ってきたのは外的な強制力ではなく、学術的な証拠や自然の奇跡、歴史や文化の対象物に価値を認めた人びとの意志であり、その実現は学芸員の仕事である。法や行政の保護もなく、場合によっては予算にも不自由するなかで、人類と地球の遺産を次世代に伝える努力を日々繰り返す。それは資料に価値を見いだす研究、保存環境の提供、設置者からの予算の獲得、社会的関心を高めるための教育までと幅広い。目的はおなじでも手段はさまざまで個性が発揮される営みである。地味ではあるが、かけがえのない仕事であると、こっそり胸を張って学芸員は働くのである。

                     


                    仕事の年報2008年度版

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                       3月17日は東京農業大学オホーツクキャンパスで卒業式が行われる。受け持つ学芸員養成課程では、年報を2008年度から発行していて、卒業生には実習日誌と主要なレポートとともに配付している。内容は、1)開講科目、2)見学館園、3)授業内容、4)農大ロビー展、5)館園実習、6)年間カレンダーなどで、学生の氏名を掲載しているのでネットに上げることはしないのだが、表紙は手間を掛けた組写真で、えらそうな巻頭言も書いている。心を込めた年1回のたわごとなので巻頭言をブログに上げておこう。

                       

                      博物館と学芸員を目指す 東京農業大学オホーツクキャンパス学術情報課程年報2008 

                       

                      2006年に学芸員資格取得を目指す学術情報課程がオホーツクキャンパスに設置されてから3年目となった。今年は、夏休みから3年生が博物館での職場体験の機会となる館務実習(館園実習)に出掛けている。講義の科目も3年前期までに終了しているので、学術情報課程の内容は今年で出そろったことになる。課程の完成年度は来年であるが、学芸員資格の講義と実習の内容をまとめた年報を発行することにした。


                      本学の場合、学芸員資格の取得に必要な授業は、博物館法で定められた博物館に関する科目8科目12単位のみとしている。大学によっては、歴史や美術分野の科目を選択必修とし、学芸員課程の必要科目が専門分野と合わせて20単位程度になっている場合が見られるが、本学では専門分野の修得は学科での教育が担保している。よって、学芸員を目指す学生は、専門分野の研鑽に努めることが求められる。


                      学芸員に共通する知識と技能の修得、これがオホーツクキャンパスでの学芸員養成の教育方針である。本学部の学生は、生物学系あるいは生物産業を基盤とした学芸員としての活躍が期待される。学術情報課程では、専門分野だけでは不足している内容、しかも4学科ともに必要性の高い項目を取り上げることにしている。授業では、文章表現やデザイン、印刷と出版の基礎知識、写真撮影、使用者としてのコンピュータ能力など教育普及分野での技能、博物館の意義や歴史、文化財保護、生涯学習といった教養的な内容が多くなり、馴染みのない内容にとまどう学生もいるかもしれない。さらに、広報媒体や実施計画の模擬作成、施設運営の要点整理、美術品輸送の専門家による梱包実習など実践的演習を実施した。


                      博物館情報学研究室には、学芸員の実務が体験できるよう、博物館で使用されるコンピュータやソフトウエア、大型プリンタやフィルムスキャナなど周辺機器を一通りそろえている。書籍も概説的なものから、小学校から高校までの教科書や子ども向けの図鑑、建築資料や英語の基本文献など、ある程度充実してきた。関連学会の資料やウェブで公開される報告書なども蓄積し、地方における博物館の情報拠点としての形ができつつある。勉学、実務の両面で、博物館を支援していくことができれば幸いである。