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ICOMの新しい博物館の定義に向けた議論:定義の変遷と新定義の指針

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    JUGEMテーマ:博物館

    1.ICOM博物館定義と変遷

     

    ICOMの博物館の新定義が京都大会では採択の延期を決めたのは、あまりにも変更の度合いが大きく、事前の意見交換の期間では対立する溝を埋めることがことによる。これについて見てみたい。

     

    現在のICOMの博物館定義は2007年のウイーン大会で採択された。ICOM規約の第3条第1項である。

    2017_ICOM_Statutes

    https://icom.museum/wp-content/uploads/2018/07/2017_ICOM_Statutes_EN.pdf

    ICOM規約(2017年6月改訂版)

    https://www.j-muse.or.jp/icom/ja/pdf/ICOM_regulations.pdf

     

    直前の2001年の定義からの変更点は無形 intangbile 遺産が追記されたこと。それ以前には有形も無形もともに言及されていない。規約の変遷はイコムのアーカイブサイトで追跡が可能で、最初の定義は1946年の創立時から存在し、最初は設立書、1951年以降は規約の条文となっている。定義については下のページで1946年版から2007年版まで確認できる。

    Development of the Museum Definition according to ICOM Statutes (1946 - 2001)

    http://archives.icom.museum/hist_def_eng.html

     

    上記サイトに見える博物館の定義は、簡潔な1946年版の定義を充実させる形で何度も改訂されててきた。いわばマイナーチェンジである。最初の1946年定義は簡潔に過ぎるが一般公開された資料 collections to the public という言葉があり、1951年に恒久的 permanent という言葉が出現し、1961年は恒久的な機関 permanet institution とされ教育 education という言葉が加わり、1974年には非営利 non-profit と明記された。博物館の広がりや資料の有無については、当初から芸術、技術、科学、歴史、考古、そして動物園と植物園が含まれ、水族館は1951年に明記された。歴史的記念物や歴史公園、自然記念物や保護区は1961年、科学館とプラネタリウムは1974年に追記されている。条文の内容や博物館の広がりから、1974年版が現在に至る博物館定義の原型といえる。その後は博物館と見なす施設を具体的に言及して広がる改訂が1989、1995、2001年の3回おこなわている。現状の2007年の定義では無形遺産を含むと明記する一方、対象施設を示す第2項について具体的な施設一般名称を記載することをやめ、執行役員会が決めた機関としている。

     

    2.新定義の内容

     

    フルモデルチェンジとなった新定義(正確には案であるが煩雑なので省略)は、現定義とともにウェブサイトに示されている。現在、ICOMのウェブサイトで定義を探すとこのページが示されるようになっている。現状の定義だけ取り上げて示したページは見当たらない。それだけ新定義を訴えたいということか。

    Museum Definition - ICOM

    https://icom.museum/en/standards-guidelines/museum-definition/

     

    日本語訳については、ICOM日本委員会から訳文は示されず、私訳が複数提案されているが、それらは後に紹介するオリジナルサイトで見ていただくこととして、ここではすでに削除された国立国会図書館の和訳を原文とともに紹介しておく。

     

    博物館は、過去と未来に関する批判的な対話のための民主的で包摂的で多声な空間である。現在の紛争や課題を認め対処するために、博物館は、社会のために委託されて人工物や標本を保有し、未来の世代のために多様な記憶を守り、すべての人々に遺産に対する平等な権利とアクセスを保証する。

    (Museums are democratising, inclusive and polyphonic spaces for critical dialogue about the pasts and the futures. Acknowledging and addressing the conflicts and challenges of the present, they hold artefacts and specimens in trust for society, safeguard diverse memories for future generations and guarantee equal rights and equal access to heritage for all people.)

     

    博物館は営利を目的としていない。博物館は、参加型で透明性があり、人間の尊厳、社会正義、世界的平等や幸福に貢献することを目的に、収集・保存・研究・解説・展示を行い、世界への理解を高めるため、多様なコミュニティーと、コミュニティーのために積極的に連携する。

    (Museums are not for profit. They are participatory and transparent, and work in active partnership with and for diverse communities to collect, preserve, research, interpret, exhibit, and enhance understandings of the world, aiming to contribute to human dignity and social justice, global equality and planetary wellbeing.)

     

    ICOM announces the alternative museum definition that will be subject to a vote(ICOM,2019/7/25)

    https://icom.museum/en/news/icom-announces-the-alternative-museum-definition-that-will-be-subject-to-a-vote/

     

    国際博物館会議(ICOM)、規約に含まれる博物館の定義の新たな案を発表:2019年9月に京都で開催される臨時理事会で採決へ Posted 2019年8月1日 カレントアウェアネス

    https://current.ndl.go.jp/node/38705

    *リンクは現在のページで和訳は削除されている。ちなみに末尾のリンクもカレントウェアネスに掲載のもの。さすがである

     

    3.新定義の議論

     

    京都大会から半年が経過し、新定義については不十分ながら多くの議論や評価がなされてきた。ここでは2つのウェブ読み物を紹介しておく。両者ともに新定義の私訳の他に定義やその議論を巡る事実提示や考察が示されており、たいへん勉強になる。このふたつを読めば、新定義をめぐる大まかな状況は把握できる。

    「ICOM博物館定義の再考」が示すもの─第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会2019 芦田彩葵

    https://artscape.jp/report/topics/10157593_4278.html

    ICOM(国際博物館会議)の意義とは何か? いま、あらためて京都大会を振り返る 青木加苗

    https://bijutsutecho.com/magazine/insight/21339

     

    さて、新定義の議論の出発点は、ICOMの特別委員会 MDPP (ICOM Standing Committee on Museum Definition, Prospects and Potentials:博物館の定義、見通しと可能性に関する委員会)が2018年12月に提出した報告書である。もちろん特別委員会の編成前から議論はされていたのだろうが、一般の会員が議論に参加可能となったのはこの時点であり、議論の道筋が示されたのがMDPP報告書であった。

    MDPP-report-and-recommendations

    https://www.j-muse.or.jp/02program/pdf/MDPPteigeneiyaku.pdf

    MDPP「提言と報告」仮訳

    https://www.j-muse.or.jp/02program/pdf/MDPPteigenwayaku.pdf

     

    MDPPの報告書は長文で要点がつかみにくいが、アクソイ議長の2020年1月19日の手紙でも言及された8つの指針 criteria を中心に考えるのだろう。ICOM日本委員会の和訳(MDPP「提言と報告」仮訳)では次のとおり。原文には無いが、引用するにあたり番号を付した。

     

    1 「博物館の定義」では、博物館の目的と価値が明確に定義されるべきであり、その目的と価値は、博物館が常に未来へ向け、持続可能で、かつ倫理、政治、社会、文化上の課題と責任を成就するべきものである

    2 「博物館の定義」では、仮に現行の用語が今後変化する場合でも、博物館に特有で本質的な共通の機能である、収集、保管、記録、研究、展示及びコレクションやその他の文化的遺産を通したコミュニケーション等の機能を維持すべきである

    3 「博物館の定義」は、現実社会の緊急性および持続可能な解決策の開発と実施という責務を含むべきである

    4 「博物館の定義」では、博物館が世界規模で活動を行う際に、多様な世界観や慣習等に敬意と配慮を持つべきとの認識が必要である

    5 「博物館の定義」では、地球規模、国内、地域、地方レベルでの権力と富に関わる、根深い社会の不平等や非対称という存在を、危惧の念を持って認識されるべきである

    6 「博物館の定義」では、それぞれの博物館が所属するコミュニティとの関係において、博物館が、協調、共有されたコミットメント、責任と権限を有する、専門的な役割を果たしているという統一的な見解を表明すべきである

    7 「博物館の定義」では、博物館が有意義な人々の集まる場であり、学習や交流のためのオープンで多様なプラットフォームであるというコミットメントを表明すべきである

    8 「博物館の定義」では、物質、財務、社会、知的リソースの取得と活用にあたっては、博物館がその説明責任と透明性を明確にすべきである

     

    アクソイ議長の2020年1月19日の手紙

    https://icom.museum/wp-content/uploads/2020/02/Museum-definition_the-way-forward_EN.pdf

     

    4.以下は私見

     

    8つの指針はいずれも結構な内容であるが、現実の博物館は自由と民主主義とセットで存在するわけではない。独裁国家や西欧的価値観を比定する国家の博物館はどうなるのか、新定義が採択されれば行政からの支援が止まる事態も考えられる。新定義への指示と保留ないし反対の態度はそこを想定したものだ。

     

    日本の場合、登録博物館は社会教育法の特別法たる博物館法で規定されており、初めから新定義の博物館と親和的と考える。つまり公立博物館や多くの博物館では多かれ少なかれ新定義の目指す博物館が先取りして実践している。そして大規模館や県立館では新定義は今後の活動目標としてふさわしい。

     

    他方、博物館は自由であり近代以前から存在する。朴訥と資料の保存に専念する博物館があってもよい。ICOMの定義など無視すればよいだけだ。

     

    心配するのは私立の博物館である。新定義に照らした場合、京都の有鄰館などはどう評価されるのか。これ以外にも個人コレクションが一部公開されたような博物館があるだろう。それらは権威ある国際的な基準からは博物館と見なされなくなるのか。そういったコレクションはユネスコの勧告に委ねるのだろうか。その勧告が対象とするコレクションはパブリックコレクションに限らない。

    有鄰館

    http://www.yurinkan-museum.jp

    ミュージアムとコレクションの保存活用等に関するUNESCO勧告

    https://www.j-muse.or.jp/02program/pdf/UNESCO_RECOMMENDATION_JPN.pdf

    「2015ユネスコ博物館勧告を読み解く」参加報告|網走日記帳

    http://unisan.jugem.jp/?eid=8

     

    博物館には名称独占制度がないので、博物館は誰が名乗ろうと自由である。罰則もない。そのために登録制度で模範となる博物館を具体的に示し、金銭的な支援の対象を規定してきた。しかし、制度上の制約から現時点では評価の高い博物館でも登録博物館になれないケースがいくらでもある。災害などで支援が必要となったとき、現在のICOMの定義であれば、たとえ登録館でなくともICOMの規約に照らして十分に博物館と認定できるという線引きに使える。新定義の導入は、博物館から外れたり、降りてしまう博物館が出てくるのではないかと危惧する。

     

    うがって見れば、新定義はあまりにも北西ヨーロッパの視点が強すぎる。さらに言えばスキーのジャンプの基準変更のようにも見える。東の国々が追いついてくると基準を変更する。それは基準変更によって異なる方法を発達させ別の主役を登場させるという積極的な意味がある一方、常に自分たちが世界の最先端に立ち続けるというゴールポストの恣意的移動ではないか。これが言い過ぎであれば、変化の速度は地球の各地で異なっており、21世紀になって移民の流入などで変化が激しい地域もあるだろうが、ゆっくりと時を過ごした場所もある。それら時の流れの違いを無視した突然の定義変更は無理がある。

     

    ICOMの博物館定義は2007年版のマイナーチェンジにとどめ、新定義については現時点の使命として使える国では用いていく、そんな落しどころではないだろうか。


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