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報告書は刊行の前と後とで世界を変える―ICOM京都大会の振り返りイベントの報告書の感想

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    JUGEMテーマ:博物館

    報告書は世界を変える第一歩

     報告書と聞いて思い起こすのは、自分の場合は「ローマクラブ報告書 成長の限界」(1972)や「経済構造調整研究会報告書 前川リポート」(1986)、「学芸員養成の充実方策について「これからの博物館の在り方に関する検討協力者会議」第2次報告書」(2009)などがある。これらは議事録や講演録として参加者以外にも内容を伝えること、それに加えて提言や宣言など意見集約と意見公表をおこない、その後の世界を変える役割を担っている。世界を変えるとは大げさだが、制度や仕組みの変更の手続きとしての諮問機関の報告でなくとも、調査で歴史や実態を明らかにすることや研究によって無意識におこなわれてきた事柄やきれいごとに隠された意味を浮かび上がらせるなど、論文や報告書には人々の考えや行動、物の見方を変える力を持つ。ちいさいことでも報告書にはその気概がほしい。

     

     

    ICOM京都大会の振り返りイベントとは

     以下は次の報告書を見ての感想となる。当日の参加はできなかったため、知り合いから送ってもらった。

    「ICOM京都大会からみた あたらしいミュージアムのかたちとは? ICOM京都大会2019報告会・ワークショップ報告書」

    日時:2020年1月13日(月・祝)

    会場:京都文化博物館

    主催:京都歴史文化施設クラスター実行委員会・ICOM京都大会2019組織委員会・ICOM日本委員会

    平成31年度文化庁地域の美術館・歴史博物館を中核としたクラスター形成事業

     

    報告書は公開されて意味を持つ

     このワークショップは「平成31年度文化庁地域の美術館・歴史博物館を中核としたクラスター形成事業」として国費も投入された公のものである。国民すべてが内容を知る権利を持ち、なによりも全国の博物館や学芸員が参照すべき内容を持つ。開催場所は京都市であり、北海道や沖縄、本州でも空港から離れた場所からの参加は時間的にも金銭的にも困難である。当日参加できなかった人たちに向けて何らかの報告をインターネットで公開するのは義務ともいえる。

     ところが現在のところ、この報告書はインターネットでは公開されていない。前半部分は京都大会の内容紹介で舞台上の人物や投影されたスライドを多数収録していること、当日の解説もオリジナルな内容が含まれるからだろう。後半のワークショップも人物が大きく写る写真などが含まれており、全体をネットで公開するのは著作権の尊重や肖像権から控えたと想像する。とくに解説では限られた参加者に向けたその場限りの話もあったかも知れず、不特定多数が目にする、誰が読むのかわからないインターネットでは公開が難しいのは理解できる。もっともこの感覚は日本独自のもので、紙媒体がOKならネットでも大丈夫のはずだという考えもあるかも知れない。

     それはさておき、公開できる範囲、積極的に公開すべき内容はないのか。それとも公開するほどの価値がないのか。公開した場合の費用対効果が読めないのか。現在のネット情報は開催のお知らせに限られる。ついでに言うとチラシがpdfでリンクされているが 8.5 MB もある。これくらいのファイルサイズならばクリックする前にわかるようにリンクのところで明記してほしい。現在はリンク切れになっているし、もうちょっとメンテナンスできていたい。ファイルサイズは国会図書館のサイト Current Awareness Portal の情報。いつも思うのだが、ここのサイトは要領よく簡潔で参考情報も気が利いている。

    関連イベント | ICOM Kyoto 2019

    https://icom-kyoto-2019.org/jp/related-events.html

    【イベント】ICOM京都大会2019報告会・ワークショップ「新しいミュージアムの形とは?」(1/13・京都) | カレントアウェアネス・ポータル

    https://current.ndl.go.jp/node/39687

     

    見られることを意識したい

     報告書にとって途中経過は省略可能であり、重要なのは結果である。議論の経過は掲載すべきだが、雑談は必要ない。今回の報告書でいえば、ワークショップの結果が最も重要である。しかし報告書の内容ではワークショップの成果が結局何だったのか、わからない。班別学習でアクティブラーニングをしたのはわかるが、そこでの発話は班の意見なのか何なのか。アンケートの回答が掲載されているが、まとまりなく不完全な文字列をどう受け取ればよいのか。平たい板に付箋を貼り付ける作業はもはや陳腐で、若い人は小学生からやらされてきた。あの方法は口下手であっても意見が出しやすい利点があり、意見を引き出す方法としては効果がある。報告書にはマジックで意見を書き込んだ模造紙を博物館の専門家が広げて持ってる写真、伝えたいことを記したサイコロが並んだ写真が多数掲載されている。教育学関係の学会発表なら付箋からアレンジして活発な発言が得られたとする証拠写真になるだろうが、これはICOM日本委員会の報告書である。財界や政治家の偉い人たちが報告書を手に取ったとき、へーICOMってお気楽な集まりなんだなあ、という印象を与えないだろうか。古い言葉でいえば、女子供の博物館という偏見を持たれてしまうのではないか。報告書は読者に向けた物であると同時に、政治や経済界に向けた宣伝道具としても機能する。そこまで考えた上で、この編集内容だったのだろうか。

     ワークショップが和気あいあいとするのはかまわない。意見を求めても発言する人が固定するので、何らかの仕掛けが必要なことも多い。けれどもそれはその場の都合であって、公的な報告書では不要ではないのか。教育学的な成果発表は切り離して別にすればよい。

     

    意見の形成は積み上げて成る

     ICOM京都大会の宿題は「ミュージアムの定義改正」である。このワークショップのタイトルも「あたらしいミュージアムのかたちとは?」と宿題を受けたものである。けれど報告書にはワークショップの結果が見えない。活発な意見交換があり、たくさんの意見が出され、班や参加者で共有しました。それが何なのか。共有すべき範囲は日本の博物館関係者全体ではないのか。そのための報告書のはずであり、公開すべきはワークショップの成果である。それをインターネットで公開して博物館関係者の共有物とするべきではないのか。もちろんワークショップの結果は日本全体の統一見解ではない。各論羅列でよいのである。それでも一定規模の人数の意見交換の後に生まれた結果としてコンセンサスが得られたのであれば一定の意味がある。それを第1段階の基礎として、日本博物館協会なりICOM日本委員会が参加者以外からの意見を募集する。そして日本委員会の見解をまとめていくという、ICOM日本委員会としての新定義に対する意見の積み上げ、組み立てが可能な機会だったのではないか。

     現在、ICOM日本委員会は会員に向けて定義改正に関する意見収集を呼びかけている。しかしそれは京都会議以降の意見集約の段取りや道筋がまったくないままの一般公募である。1月のワークショップが意見集約に位置付けされておらず、せっかくの開催があまりにもったいない。

     Facebookには「ICOM「ミュージアムの定義改正」についての意見交換グループ」が存在するが、当初から投稿者は少数で、3月以降は更新がほとんどない。原因のひとつが最終的にはICOM日本委員会の意見集約との関係が不明なこと、そこに向かう道筋が不明なことに思える。長い在宅時間が何かを変えるか。


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